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【読書感想文】向日葵の咲かない夏

感想というより、感じたことを書き並べただけの散文です。
※このページの感想は、「向日葵の咲かない夏」を読んだ筆者個人の感想であり、作品の絶対的な良し悪しを決定するものではありません。

目次#

  1. あらすじ
  2. 感想

◆ あらすじ#

 終業式の日。小学4年生のミチオは、学校を休んだS君にプリント類を届けるためにS君の家を訪れ、そこで首を吊ったS君の遺体を発見する。
 ――夏休みの前日に、クラスメイトのS君が自殺した。
 ミチオは学校に駆け込み、先生にS君の首吊り死体について知らせた。しかし、現場に乗り込んだ刑事と担任は、そんな死体などなかったと言う。さらに不思議なことに、その日の晩、ミチオはS君の生まれ変わりに出会う。蜘蛛になった彼は「自分は殺されたのだ」と言い、ミチオになくなった死体を探してほしいと依頼する。ミチオは、S君と3歳の妹のミカの3人で、〝S君殺人事件〟の真相を探ることとなる。

WARNING

読書感想文の性質上、以降の感想の随所にネタバレを含みます。

◆ 感想#

 ……。あっ、あの。一体、これは。安易におもしろかったと言っていいのでしょうか……。
 本作の語り手は小学生の男の子、しかも実の母親から大嘘つき呼ばわりされています。きっと信頼できない語り手です。当然、これから語られる情報にはいくらかの嘘が混ざっているはずだ――と身構えてページを捲っていきました。捲っていったつもりだったのですが、ミスリードに上手くのせられて、二転三転する推理に口をあんぐりとさせることしかできませんでした。どんでん返しがすごすぎて、思わず声が漏れてしまいます。
 耐え難い現実に押し潰されてしまいそうなとき、我々は心がひしゃげてしまう前に、どこかに逃避先としての幻想をつくりあげます。作中では、数年前のとある事件をきっかけとして家庭内にさえ居場所を失ってしまったミチオも、自らの物語をつくることで現実逃避をはかっています。そんなミチオの精神状態が、当人の視点を通して内面から描かれていました。傍から見ればかわいそうな子ですが、唯一の理解者である妹や母親の異常性をためらいもなく言葉にしてくれるS君、困ったときの相談相手であるトコお婆さんに囲まれた作中のミチオは、そんな雰囲気を微塵も漂わせていません。むしろ現状を楽しんでいるようにも見えました。そこが却って、この物語のいかんとも形容しがたい仄暗さや不気味さを際立たせているように感じます。
 そしてこれは一応、ミチオ的にメリバ……でいいのでしょうか? 最後、地面に伸びる影はひとつでした。ミチオのものでしょう。家に火を放ったとき、ミチオは現在の物語に終止符を打ち、自らも命を断つつもりでいたのかもしれません。けれど、最期を覚悟したあの質問でようやくミチオに目を向けた父母に助けられてしまいました。父母はそのまま、業火に呑まれてしまったのでしょう。自らの発言が切っ掛けとなったS君の自死に対してもそうだったのですから、残されたミチオはきっと、両親に対して抱えきれないほどの負い目を感じたはずです。その結果、新たに転生してきた父と母の幻想を巻き込むことで、より遠大な物語をつくり、自らを守ろうとしたのでしょうか。物語は彼の理想通りに動かせるでしょうから、物語に浸っているあいだ、ミチオは幸せなのでしょう。けれどそれを終わらせるとき、彼の身にはこれまで避け続けてきた現実が重くのしかかります。やっぱりバドエンですかね……?
 最後まで読んでからプロローグを読み返すと、その意味もわかったような気がします。妹との外見描写に潜む違和感。ヒトの骨を机上のコップに入れることの不自然さ。また、3歳にしては受け答えがしっかりしすぎている妹や、最愛の娘を窓を締切った真夏の屋内に放置する母親など、作中で感じた違和感にも合点がいきました。この作品をもう一度読み返したとき、初見と二度目以降では、一文一文への印象が大きく変わりそうです。二度目以降の方が、胸がきつく締め付けられるようか気がして、読み返すのはなかなか難しそうです……。